『オタクはすでに死んでいる』

読んだモノの感想とか。

オタクはすでに死んでいる (新潮新書)

オタクはすでに死んでいる (新潮新書)

2006年にコミケで発行された『オタク・イズ・デッド』に大幅な加筆・修正を加えた本。


うーん、どうなんだろうね?
2006年の状態を2008年のいま現在の状態にあてはめて「オタクは死にました」と言われても逆にピンと来ないんじゃないかしら。
電車男』を筆頭とするあの空前の萌えブームがあったからこそ2006年に発せられた「オタクは死にました」という言葉が説得力を持つんであって、商業的搾取に過熱する"萌え"に「転がされる立場」から「転がす立場」を取ることが出来るようになった今現在では通用しないんじゃないかしら?
「オタクって死んじゃいないじゃん?」と。


自分が「オタクって死んじゃいない」と思ったのは初音ミクを始めとした一連のニコニコ動画作品から派生したムーブメント。
初音ミクとかアイマスのMADとか、完全にテレビや雑誌なんかのメディア主導で作られたブームじゃないですよね。
そういう既得権益によって作られたブームとは違うブームが生まれるところに自分はまだまだオタクは死んじゃいないと感じたのですけども。


2006年、『電車男』が爆発的ヒットをする中で、一度「オタク」っていうのが世間的に定義されちゃったんですよね。
「オタクとは、美少女キャラクターのマンガやゲームやフィギュアに『萌え萌え』言ってて、財政バランスを考えず美少女キャラグッズに金を注ぎ込んで、メイド喫茶に足繁く通うようなヤツ」って。
そのことは以前この日記にも書きましたが。
そうすると美少女キャラに萌え萌えも言わなきゃグッズも買わない、メイド喫茶に行くぐらいなら缶コーヒーで済ます、というような、ミリタリーや鉄道といった「萌えジャンル」以外のオタクを呼称する言葉がなくなっちゃったんですよね。
つまりそれが「オタクの死」だったと『オタク・イズ・デッド』を読んで自分は解釈していたのですけども。


じゃあその後、「オタク」という呼称を奪われ行き場を無くした連中がどうなったかというと、また「オタク」という呼称に舞い戻ってきてるんじゃないかしら?
それはなぜかというと…「アキバ系」という新しい呼称が生まれたから。


マスコミにとってオタクの定義とは「美少女キャラを偏愛しているロリコンで、現実世界ではコミュニケーション能力の低い根暗なヤツ」なんですよね。
これは宮崎勤事件以降、2008年の現在までまったく変わっていません。
大谷昭宏を筆頭とした、ぞくにマスコミで知識人と呼ばれる人たちをみればわかります。
彼らの定義するオタクは宮崎勤事件以降まったく変わりありません。
猟奇殺人事件があるとすぐに「オタクが犯人だ!!」と決めつけられますし。
そういえば大谷昭宏が「フィギュア萌え族の犯行だ!!」と大騒ぎしていた栃木の女児猟奇殺人事件はどうなったのでしょうね?
自分は犯人は警察の関係者で、今は精神病院に放り込まれてると思ってます。ファンタジーの世界で(笑)。


そういう人たちにとって2006年の『電車男』ブームは格好の標的だったんですよね。
電車男』ブームに便乗してまんまとオタクの定義化に成功した…かに見えました。
2006年には。


ですが、定義化に成功することで解離現象が発生しちゃったんですよね。
2007年以降に。


マスコミは「美少女キャラを偏愛してる、バッシングしやすいロリコン」をオタクと定義化したんですが、そうすると「あれっ? 俺って(アタシって)オタクだと思ってたんだけど違うの?」っていう人が続出しちゃった。
「私ガーデニング・オタクなの」とか「健康オタクなんだけど」とか「古武術オタク」とか、マニアックな趣味を持ってる人たちも「あれっ? じゃあ自分たちは何なの?」と。
さらに旧来はオタクとされていたミリタリーオタクや電車オタクなんかが紹介されるときには「あれっ? この人たちオタクって紹介されてるけど美少女キャラがプリントされた抱き枕も持ってないし、部屋には美少女キャラのポスターも貼ってないじゃん? この人たちって本当にオタクなの?」って思われるように。
なのでテレビや雑誌で「オタク」と紹介されるときにはまったく関係ないのになんかギャルゲーのキャラの絵を持ってニッコリして〜、なんて絵作りされたりするのですが。


テレビは大衆をバカだと思ってるのでそういうことを平然とおこないますが、大衆はバカではありません。
やっぱり不自然な違和感には「?」とか「No!!」を突き付けるわけです。
その結果生まれたのが「アキバ系」という言葉。
自分はこの「アキバ系」という言葉が2008年現在のオタクを読み解くキーワードになるんではないかと思っています。


んでね、この本。


ぶっちゃけの感想は岡田斗司夫老いたなぁ…って感じ。
オタク・イズ・デッド』や『オタク論!』での反論に懲りたのか、全編に言い訳が仕組んであります。
というか、寄せられた反論を突っぱねるための反論で全編がしめられていて"蛇足"という言葉がピッタリ。
オタクと世間とを組み合わせて「昭和は死にました」って言われてもねぇ…。


自分が今の岡田斗司夫に必要なのはオタク界へのフィールドワークだと思います。
特に若い世代のオタクへの。


オタク第一世代が偉いのはわかりました。
はいはい、かないっこありません、ありません。
じゃあ、現在進行形の"オタク"論をひとつお願いします。
みんな聞きたいのは第一世代のノスタルジィーじゃないと思います。
2006年の状況で2008年を語られても困りますんで、先生、どうぞよろしく。