『保存食品開発物語』

二ヶ月かけてチマチマと読み進めてきたのですが、やっと読了したので感想を。

  • 『保存食品開発物語』(著:スー・シェパード、発行:文春文庫)

保存食品開発物語 (文春文庫)
保存食品と聞くと身体に悪いモノを想像する人もいると思いますが、食べ物は収穫してそのまま放っておくといつか腐る物。
ということは保存のための何らかの加工をし、食べ物を貯蔵しなければ、食べ物が乏しくなる厳しい冬季を乗り越えることも出来ないし、不作による飢餓を乗り越えることも出来ません。
この本の序章にはこう書かれています。

保存食品は、社会史的・文化史的に重要な役割を果たしてきた。食料を保存するという能力がなければ、人類は、移動する動物の群を追い、季節季節の食物を採集する狩猟採集の放浪生活を続けざるを得なかったかもしれないとさえいえるのである。冬のあいだ困らないだけの食料を保存できるようになった結果、食物のストックを所有・貯蔵し農閑期の余暇を獲得したことによって、社会は社会的にも文化的にも複雑さを増していった。その結果、芸術や技術の発達が促進されたが、それと同時に、社会の階層化や奴隷制や戦争も助長されることとなった。

そう、人類の歴史とは食の歴史、食品を保存する歴史と言い換えることも出来るのです。
日本でも飢餓や農地増産・収奪といった食べ物の生産や貯蔵が歴史に与えた影響はとても大きいものです。
そうであるなら、我々は食べ物の歴史について学ぶことも必要なのではないでしょうか。


この本には食品保存のため世界各国でおこなわれてきた技術が歴史的に紹介されています。
例えば一番古い食品保存のための技術は「乾燥」。
乾燥は食品の水分を無くすことで腐敗菌の活動をおこなわせないようにする方法です。
これは第15章で紹介されている最新技術、「脱水法と未来の食品保存法」まで受け継がれている方法なのですが、それでは人類はどうやって「乾燥」という方法に向き合ってきたか、その歴史が連綿と書かれています。
そしてその乾燥という方法で得た保存食品が社会や文化にどういう影響をもたらしてきたかも。


「乾燥」の他にも「塩」「酢漬け」「薫製」「発酵」「乳製品」「砂糖」「濃縮」「パイ、ポット、ボトル」「缶詰」「冷蔵と冷凍」「脱水法」といった食品保存の歴史と、それがもたらした社会的影響が書かれています。
とくに「缶詰」と「冷蔵と冷凍」がもたらした社会の激変は、歴史を学ぶ上で知っておかねばいけないでしょう。
大航海時代、そしてアメリカやオーストラリアの開拓時代などは人類が遠大な移動手段、すなわち食品を保存して持っていくことができなければ為し得なかったことでしょう。
食品を保存して長時間・長距離・大量に持っていくことが出来る技術があるから、今や人類は月さえもその活動圏にしようとしています。


あと、この本を読むと、現代の社会の歪みの理由もかなりわかるかも。
第二次世界大戦後、飛躍的に発達した食品保存の方法が社会に与えた影響はとても大きいものです。
この本を読むと、食品の歴史を通して自分たちの歴史を考え直すことが出来るので本当におすすめ。
社会科の先生には歴史を教える際の副読本として是非使って欲しいぐらいです。


ただ、この本は作者が英国の方ですから歴史も英国を中心に書かれているため、なぜ英国のメシが不味いのかが明らかになる本でもあります(笑)。
第16章で書かれている第一次、第二次世界大戦中の英国の食糧事情は悲惨の一言。
日本では戦時体験を「我が国はこんなに悲惨な目に遭ってきた」みたいな被害者教育をおこなっていますが、輸入食品に頼っていた英国、そしてヨーロッパもとても悲惨な状態だったんですね。
当時、ヨーロッパの主要国は食品のかなりの部分を植民地からの輸入に頼っていたため、ヨーロッパ近海で輸送船を撃沈するドイツのUボートや機雷、植民地を独立に向かわせようとする日本は大いなる脅威だったわけです。
そのため英国なんかは食品をアメリカに頼ることとなるのですが、その頃アメリカが大量に食品を輸出する手段を持っていなかったらどうでしょう?
食品を大量に生産・保存・貯蔵・輸送出来る方法を持っていなかったとしたら?
それがわかると少し歴史認識が変わるでしょう。


この本、食と歴史に関する考え方も激変させるおすすめの一冊です。