「書けること」と「書けないこと」の境目。

今日はこの話題かなぁ。

  • ホワイトバンドをする自身の食べ残しへの批難をサーフィス椎名がブログで釈明

http://blog.so-net.ne.jp/surface/2005-10-02


surfaceというバンドのボーカル・椎名慶治氏が焼き肉屋で肉を食べ残したことを、本人は笑い話のつもりでブログに書いたら、「ホワイトバンドをしてる人間が食べ残しを自慢するなんて何ごとだ!!」と燃え広がっちゃった件。
自分は食べ残しやホワイトバンドについて書く気はなくてその後、氏が「ブログってこんなに難しいものなのかしら?」と書いてるのが気になったのです。
というのも氏はホワイトバンドイベントの告知をする際に

一般人よりも多少影響力がある立場と冷静に理解した上で

と書いているのですね。
(http://www.so-net.ne.jp/mc/columns/shiina/050901/index.html
影響力がある立場と理解できているのなら、自分の一言がどういう影響を与えるかまで考慮すべきだと思うのです。
そういう考慮をしていけば色々なしがらみや制限、自主規制、守秘義務、書いちゃいけないことも出てくるでしょう。
それは影響力のない我々がブログを書くときよりも多いと思います。
そういう制限が多くなればブログを書くのが難しいと感じるのは当たり前です。


影響力がある立場だからこそブログを書くのは難しいのです。


言葉を替えて言えば


影響力がある立場だからこそ世間に向かって意見を述べるのは難しいのです。


もし今回のホワイトバンド+食べ残しがその辺の一般人(←この書き方、自分は好きじゃないです。「一般人」がいるのなら「一般じゃない人」もいるのか? と。氏が使っているのでこの表現にしますが。)のブログに書かれていたら大きな騒動にはならなかったんじゃないかなぁ。
いや、今はそんなこともないかも。


我々影響力のない人間でもブログを書くのは難しいと思います。
だって自分ごとき虫けらな人間でも書けないことが山ほどありますので。
例えば自分が考えていることをそのままここに書いちゃったらどうなるか。
下調べもせずに感情に任せて書いちゃったらどうなるか。
以前書いたことと180度違うことを書いたらどうなるか。
自分はそうなった場合に責任を取れないので書かないように心がけてますが、たまに書いちゃって痛い目にあいます。


「書けること」と「書けないこと」を分別しながら文章を書いていくのは実は大変難しくて、やっぱりトレーニングが必要なんですね。
自分ではこれは書いていいだろうと思っても、他人から見ると書いちゃいけないことだったりしますし。
その境目を常に感じながら文章を書くのはまさに綱渡りの恐怖です。
その綱渡りの恐怖を自覚できず文章を簡単に書けるものだと思っていると、夏コミの「きんもーっ☆」の人のように事故をおこしちゃうことになるわけで。
それが影響力のある人だと余計に大事故になるわけですから、そういう人は人一倍気を使う必要があるでしょう。


「ブログってこんなに難しいものなのかしら?」と言う問いには
「はい、とても難しいものです」と自分なら答えます。