どこの誰だかわかんない人のブログなんて読みますか?

昨日、なぜ「日記とかブログとかどれぐらい読んでます?」と書いたかというとこの記事を読んだから。

  • 335万人がブログ利用 市場規模、2年で40倍予想

http://www.sankei.co.jp/news/050517/kei086.htm


インターネット普及助走期(と自分が勝手に呼んでる1998〜2001のADSL普及前夜ごろ)、ホームページを作るのが流行って、色んな人がホームページを作ったけど
「本当は、表現したいという衝動だけがあるのであって、表現したいものなど、実は何ひとつないのである。(末井昭氏)」
と己の無力さに打ちのめされていった姿を見てきてるので、ブログも結局そうなっちゃうんじゃないかと。


ホームページ開設で打ちのめされていった人たちの多くに共通するのは「何のためにホームページを開設するのか?」という目標と、その目標を達成する明確な手段がなかったこと。
「とりあえずホームページ作って人気者になろう」といった感じのページが多かったです。
今のブログもほとんど同じで「何のためにブログを開設するのか?」という目標と、その目標を達成する明確な手段を持っていないブログが多いように思います。
であるなら結局「俺には何もない」と打ちのめされちゃうんじゃないかなぁ。


ウチの日記の場合、『毒針殺法』でおバカなマンガを描いてるボルトという人間の人間性の紹介と、わかりやすい文章を書く練習をするというのが目標。
その目標を達成するために「自分の主観的な意見」を「わかりやすく書く」ことを心がけてます。
そうすることで相乗的に『毒針殺法』のマンガを楽しんでもらえるんじゃないかなぁと思って日記を置いてます。


で思ったのはブログも結局バックボーンが必要なんじゃないかと。
その人がどういう人なのかわかるという。
乱暴な言い方をしてしまえば「どこの誰だかわかんない人のブログなんて読みますか?」ということなんですね。


自分の場合、『毒針殺法』があるから自分のことを「ヘタクソでつまらんマンガを描くバカ」ということがわかるじゃないですか。
そのバカが日記で偉そうなことを書いてるというギャップがあるからこの日記も見てもらえるんじゃないかと思うんですね。
『毒針殺法』がなく、単に偉そうなことや社会への不満や愚痴を日記に書いたって、誰にも読んでもらえないんじゃないかなぁ。


自分が知り合いのブログは読むと書いたのも、その人がどういう人で誰だかわかってるからなんですね。
だから自分の場合、その人がどういう人かバックボーンが示されているというのが読むブログと読まないブログの境目。
それじゃあ他の人はどうなんだろう? と思ったわけです。
読むブログと読まないブログの境目みたいなものが皆さん各々にあるんじゃないかなぁ。


ブログブームといっても
「本当は、表現したいという衝動だけがあるのであって、表現したいものなど、実は何ひとつないのである」
ことを突き付けられるだけの気がします。


追記(23:20)


知り合いとかバックボーンとか身元判明とか、「その人が誰だかわかる」ということの先にあるのがmixiという形態だと思うのですね。
「その人が誰だかわかる」というのはある意味"保証"なわけですし。
mixiを含めて考えてみたいのですが……どなたか招待をお願いします。