勝ったり負けたり。

今日読んだ一冊。


失踪日記』(著:吾妻ひでお、発行:イーストプレス


中島らも氏の『今夜すべてのバーで』と同じアル中もの。
アル中の自分をマンガ家である自分が見ていて、アル中の日常をスパッと淡々と切り取り、氏独特のシニカルなマンガになってるのがまず素晴らしいなぁと。
中島らも氏もそうなんですが、アル中の悲惨さを見せず、つらい苦しいと同情をひこうとせず、アルコールに対する警鐘をならすわけでもなく、「これはこれで仕方ないかぁ」という割り切り。
その観察日記みたいな芸風は…やっぱりアル中だからなんでしょうね。
自分もお酒を大量に飲む人なので少し理解できます。


お酒を飲んだら本音が出るとか、腹を割って話せるなんてのは、ありゃウソです。
"酔っぱらった自分"というもう一枚の仮面、ペルソナを心に被るための行為が…アル中への飲酒。
本当の自分を見せたくないからアルコールというペルソナを被るのだと思います。


もちろん本当の自分を見せたくないのは他人だけじゃなく、自分自身に対してでもあるわけです。


吾妻ひでお氏も冒頭でこういうふうに描いてます。

このマンガは人生をポジティブに見つめ、なるべくリアリズムを排除して描いてます。
「リアルだと描くのつらいし暗くなるからね」

そう、リアルな自分を描くのは自分がつらいんですよ。
だから観察日記みたいなものになっちゃうんだろうなぁと自分は思います。


「アルコールを飲むこと、それは自分自身から逃げてるんじゃないですか?」と言われたらおっしゃるとおりなんですけどね。
ただ、吾妻ひでお氏も中島らも氏も、アルコールを飲む自分も自分の一部だと受け入れてるから泣き言を言わず、淡々と自分自身に向かい合ってるのだと思います。


それにね、自分は自分自身から逃げてもいいと思うんですよ。
アルコールで逃げる人もいれば、世間への不満や己の報われない境遇を嘆き悲しみ他人に責任転嫁をおこなうことで逃げる人もいますし。「いや、俺はうまくいってる!!」と自分自身と向き合うことをしない人もいますし。
フロイトユングを持ち出すまでもなく、人は己と向き合うのは困難なんですよ。
だって、人は自分の顔や姿を自分自身で見ることはできないのですから。


あと、このマンガを読んでいて思ったのは絵の上手さ。
今はリアルなものがいい、ともてはやされてるじゃないですか。
写真をトレスしたりとか、リアルな素材集を使ったりとか。マンガの手本書もいかにリアルに描くかの指導法ばかりで。
でもこの『失踪日記』では、絵はデフォルメされて描かれてるんですよ。しかしそのデフォルメの仕方が単にモノを記号化するんではなく、絵としての意味を失っていない。
これが素晴らしいなぁ。


吾妻ひでお氏は「背景は苦手、描けない」とおっしゃってますが、本当に描けない自分からすれば神業のごとき、です。
いまコミスタで細々と背景を描く練習をしてますが…もっとがんばろうと思いました。
失踪日記