「放送禁止用語なんてものは世の中には存在しない」

3日放送の『たかじんONEMAN』「不平・不満いっぱい! テレビに文句SP!」。
松尾貴史が挙げたテレビの不満はシュートな意見だったなぁ。
下に内容を書き起こしましたが、この内容をそのまま流せる東京キー局はあるかな?
こういう発言を聞くと、シュートな発言をそのまま流す在阪局と、言論自主規制でバイアスかけまくりの東京キー局の違いを痛感するなぁ。
勝谷誠彦宮崎哲弥など、東京キー局で"論客"と言われる人間が在阪局でどういう内容で話してるか知ったらビックリすると思いますよ。
とても過激すぎて(笑)。


番組で松尾貴史が不平・不満に挙げたのは「表現の配慮」。

配慮っていうのは、表現の文脈で配慮すべきことですよね。
語句で配慮せんといて欲しいんです。
配慮した気にならんといて欲しい。


だから、例えば放送禁止用語とかね、色んな言葉があるでしょ。
でも本当はね、放送禁止用語なんてものは世の中には存在しないんですよ。


あのね、禁じられている言葉なんてものは世の中になくてね、ただ苦情が来ないように、保身のためにみんなこう、リストを書いてるんです。各社ね。
それはね、俺は不特定多数の人が見るんやから配慮して喋るのが当たり前やないですか。
で、そんなことと、禁止ってマニュアル作って、この言葉さえ使うてへんかったらって構造的にものすごい差別的なこと言う人いっぱいいてますよ。


僕がさっきのネタのことで言うたらね
あの、「文化シリーズ美を探る」いう番組が昔NHKにあったんですよ。
それのパロディでNHKでネタをやるっていうときに「文化シリーズ美をまさぐる」っていうタイトルにしたんですね。


「『美をまさぐる』、ちょっとやめといてください。卑猥やからやめてください。」


そらだって、スカートの中を「まさぐる」とかはいやらしいですよ。
そやけど「まさぐる」って言葉は、"その人にとっては"いやらしい言葉なんですよ。
でも「カバンの中をまさぐる」とか「ポケットの中をまさぐる」って言いますよね。
「美を探る」を「美をまさぐる」にしたら、その人にとってはイカンという判断しかなかった。


ひとりコントの中でやるような、出てくる言葉ですよ?
それに規制してきた。
まぁそれはその人の性格の問題やと思いますけどね。

それで語句だけなんか規制してね、その元になってる構造みたいなものに関しては全然目を向けないようなね。

自分が人権擁護法案に反対する理由がこれ。
表現の文脈じゃなく語句だけで「差別か、そうでないか」判断されるようになり、結果それが言葉狩りを招きかねないから。
しかもその言葉狩りが上記のNHKの人のように、その人の主観だけでおこなわれる可能性があるから。
だから断固人権擁護法案反対。


自主規制の正体とはいったい何か?
テレビに放送禁止用語という自主規制を作らせたものは何か?
ブログに自主規制を作るものとは何か?
その正体を考える必要があるんじゃないかなぁ。


松尾貴史のこの発言を東京キー局が流す場合、「放送禁止用語なんてものは世の中には存在しない」というのが東京キー局の自主規制に引っかかるような気がします。