文章を書くって難しい。

はい、というわけで月曜日は『Fate』の間桐桜クリア。今は各ルートの落ち穂広いをしてる段階。しかしなんちゅーテキスト量だこりゃ。


ヒロイン三人すべてクリアすることで重層的に絡まった謎や伏線が解ける展開は見事。
安易に病気や人の死で涙を誘うことをせず、主人公・衛宮士郎が「何かを成し遂げる」成長を描いて感動させる話だったのにビックリ。
ノベルゲーといえば安易な病気や人の死で涙を誘い、白痴的なまでに呆けたヒロインが萌えを誘う、アタマの悪い人間向けのゲームばっかりで辟易してたんですが、『Fate』は物語の王道である主人公が成長する物語になってる。


以前書いたんですが、人を泣かせるには確立されたテクニックがあります。そのテクニックとは仏教で言うところの「四苦八苦」を書くこと。「四苦八苦」とは生・老・病・死の四苦に怨憎会苦・求不得苦・五陰盛苦愛別離苦を加えた八苦。これを書けばどんな駄文でもあらびっくりの感動作に。味の素より重宝するかも。


しかし、この四苦八苦って今では泣かせるテクニックとしてマニュアル化されてるので、使われると逆に醒めちゃうんですよ。「あぁ、また四苦八苦? 文章を書くチカラがないのねぇ」と。展開も先読みされるし、今ではゲームが発売される前のプロフィールを読むだけでシナリオがわかっちゃう。


人を泣かせるにはもうひとつの方法があります。それは「何かを成し遂げる」共感の涙。でも、この「何かを成し遂げる」共感を得る文章ってものすごく書くのが難しいんですよ。というのも書き方次第でとてもチープになっちゃうから。棒高跳びでとても高いバーを越えるようなもの。こっち側に落ちれば駄作だし、向こう側に落ちれば傑作になる。
だからみんな安牌の魔法の味の素「四苦八苦」を使う。これさえ使えば駄作でも傑作でもなく及第点に近いモノが出来るから。


だからこの『Fate』もその手のたぐいだろうと思ってたわけですよ。どうせ「四苦八苦」だろう? と。そしてプレイしたら…こんな文章を書ける人がノベルゲーの世界にいたのかとビックリ。どうせ〜とタカをくくっていた自分は平謝りの土下座状態ですよ。主人公・衛宮士郎「正義の味方」って何だ? と突き付け、「正義の味方」になる決意と成長とその苦悩、それを打ち払い、「正義の味方」として何かを成し遂げる物語は王道なんだけど、きちんとバーの向こうに飛び降りることが出来てると思います。


「四苦八苦」と相まって、今は「作者だけわかってればいい」というマスターベーションみたいなノベルゲーばっかりじゃないですか。でもこの『Fate』は読者を突き放さず、きちんと世界や設定を説明し、読者を『Fate』の世界へ引き込んでくれる。登場人物たちの行動原理もていねいに書かれていて、アタマに「?」が浮かぶ状況や設定も、ヒロイン三人をすべてクリアすれば明らかになる。読者を突き放さない、とてもわかりやすい世界。だから途中でやめようと思ってもやめられなくて、ぐいぐいと物語の世界に引っ張り込まれました。


さらに今流行の白痴的なまでに呆けた、おつむの弱い女の子がひとりもいないのが個人的にすごく良かった。
(タイガーは「オトナの空元気」ってやつだと思います(笑) 空元気も元気のうち)


久々にどっぷりハマれるゲームかも。しかも伏線をアタマに入れた上で再プレイしたくなるし。
ノベルゲーって苦戦してるって言われてるけれど、「ノベル」の部分がしっかりしてればまだまだ大丈夫なんじゃないかなぁと思いました。


で、こうやって書いてきて「『萌え』という言葉は、オタクが思考停止したときに使う単なる感嘆詞」とかいうような言葉を思い出したり。
「『Fate』萌え〜」とか「セイバー萌え〜」とか書いてる文章はよく見るけれど、『Fate』のどこがどう面白いのかとか、セイバーのどういうところに惹かれるのかが具体的に書かれた文章をとんと見たことがない。
「萌え〜」って言われても、「はいはい、萌え萌えね。病院のお外に出て来ちゃダメよ〜」って、いなしちゃうもん。
「萌え」という言葉には「人に何かを伝える意味」が無いのだと思う。つまり人に物事を伝える言葉としての役目を放棄した、無意味な言葉。単なる気分をあらわした言葉。


であるならば「萌え」という言葉は人に何か情報を伝える言葉としては正しくなくて、情報が伝播していくのを妨げてるだけじゃないかと思う。
「『Fate』萌え〜」とか言われてもわけわからんもん。


どこかでこの「萌え」と「思考停止」について書かれた文章を読んだ記憶があり、そっちの方がわかりやすいと思うので、また見つけたらご紹介します。


結論は「萌え」という言葉を振りかざすオタクの評価はあてにはならない、ということで締め。