気づいたらオタクになっていた。

今日は『駄文にゅうす』さんのところ経由でこの話題かなぁ。

  • そろそろオタクを分類すべきときかもしれない(1)

http://lanovelien.blog121.fc2.com/blog-entry-744.html

  • そろそろオタクを分類すべきときかもしれない(2)

http://lanovelien.blog121.fc2.com/blog-entry-746.html
ライトノベル創作教室ラノベりあん 中二病でも書けるライトノベル教室♪』より。


(1)のオタクを『第一世代』、『第二世代』という区分けの定義が曖昧なのでまずどうなんだろうかと。
第一世代にも消費中心の人はいたし、第二世代にもクリエイターはいるわけだし。
そういう意味ではオタクを「クリエイター」と「消費者」にわけて区分するのは定義としては明確でわかりやすいのですが、オタクを「クリエイター」と「消費者」に明確にわけて考えられるのは「萌えキャラビジネス」だけじゃないでしょうか?
鉄道オタクにとっての「クリエイター」と「消費者」の区別は? ミリタリーオタクにとっての「クリエイター」と「消費者」の線引きは? ってことになればそこに明確な区別や線引きは出来ないわけだし。
あと鉄道オタクがミリタリーオタクを兼ねてたりするわけで、ジャンルを飛び越えている、クロスジャンルしているオタクをどうやって「クリエイター」と「消費者」と区別出来るのかといえば出来ないだろうし。
どうもこのエントリーを書いてる人の中でオタクの定義とは「オタク=萌えキャラ」って構造になってるのかな? と。
電車男』以降、この「オタク=萌えキャラ」って図式が世間で定着しちゃったので仕方ないかもしれませんが、本来「オタク」は「マニアのごった煮」だから定義不能だったんですよ。
だからこそ逆に「オタク」と呼ばれてる人たちは自分たちを明確に定義出来る言葉を昔から探していたんだし。
岡田斗司夫氏が定義するところの第二世代が宮崎勤事件で世間から「オタク=ロリコン」と定義されるのに立ち向かうためには「オタクとは何ものであるか?」の定義が逆に不可欠だったし。
ただ、その定義が完成することはなく、第三世代が生まれ、オタクは世間に立ち向かう必要はなくなり、『電車男』によってオタクは「秋葉原で萌えキャラのグッズを購入してる人」という定義が世間で完成し、それ以外のオタクはオタクという名称を失ってしまったわけですが。
ですが、それらの名前を失ってしまったオタクもまだオタクと呼ばれてる現状、単純に「クリエイター」と「消費者」という線引きは出来ないし、「オタクとは何モノか?」の定義はまだまだ終わらないと思います。


んで、おそらくこっち、(2)に反応する人の方が多いんじゃないかな?
(1)は「オタク=秋葉原で萌えキャラグッズを購入してる人」っていう『電車男』以降にマスコミが植え付けたイメージで「オタク」を定義してる人にはわかりやすいと思いますが、(2)は…ねぇ?

そして問題なのは、恋愛を放棄している層にとってのオタク趣味は単なる逃げ道である場合がほとんどです。

うーん、これ、釣りですよね?
釣りであれば笑って終了なんですけど、どうしましょ?


「オタク=秋葉原で萌えキャラグッズを購入してる人」っていう定義でオタクを考えれば、そう言われても仕方ない部分はあるかもないかもしれませんが、本来の「オタク」とは「定義不能で得体の知れない趣味人」です。
そういう人の中には「オタク趣味が楽しくて楽しくて、恋愛してるヒマなんてない」っていう人もいます。
あと、オタクって男性だけじゃなく女性もいますよね? じゃあ女性のオタクにとっても「逃げ道」なのでしょうか?
他にも「家電オタク」「清掃オタク」「収納オタク」になってくるとどんどん「恋愛する必要性」が無くなっていったりとか。
「家族がいると迷惑がかかるから」なんて主義のハードボイルドな人もいたりしますしね。
そういう「定義不能な得体の知れない趣味人」の集まりを「オタク趣味は逃げ道」とバッサリ切れるかというと無理でしょう。
なぜならオタクとは「恋愛を諦めて趣味に走る」んじゃなく「気づいたらオタクになっていた」ってものですから。


で、何が書きたかったかというと、「オタク=秋葉原で萌えグッズを購入してる人」っていう定義がかなり浸透してるんだなぁと。
でもその定義を浸透させたマスコミが「○○オタク」っていう呼び名で定義を曖昧にしてる現状もあるわけで。「オタク=趣味人」みたいなイメージで。
この前「盆栽オタク」って言葉を聞いてビックリしましたが(笑)。
マスコミが「オタク」って言葉を定義し、そしてまた曖昧にし攪拌してる今、「オタクとはなんぞや?」って再度考えてみるのも面白いと思います、はい。